特定非営利活動法人 次世代教育推進機構
サイトマップ アイコン → サイトマップ

  ホーム 学校授業のスパイス 緊急企画 “坪田耕三の教育視座”  

MENU  
緊急企画 “坪田耕三の教育視座”










緊急企画 “坪田耕三の教育視座”

知識を一人で覚えるんじゃなくて、みんなでつくり出す力が大切です。















緊急企画 “坪田耕三の教育視座”

1年生の授業を面白くやるかやらないかで、大きな違いが出てきますよ。











































緊急企画 “坪田耕三の教育視座”

コミュニケーション能力は、たくさんの異質な人がいないと難しいんです。

緊急企画 “坪田耕三の教育視座”

子どもが自分から食いついて中身(ドア)をこじ開けるような授業じゃないと力はつかないのです。






























緊急企画 “坪田耕三の教育視座”

ひとりひとりの子にたいしてこういう子にしてやりたいな、というのがあれば一番いいことだと思います。


緊急企画 “坪田耕三の教育視座”

「この仕事はいい仕事だぞ」と若い人に言わなくちゃね。













PDFファイルを表示するために必要です。→「Adobe Acrobat Reader」のサイトへ  
PDFファイルをご覧いただけない場合
は、上記からAcrobat Readerをダウン
ロードください。
 

← 第1部 学校経営編へ    

■第2部 教科指導編

これからの先生に求めたいもの - 教科学習の指導現場で -

印刷用 PDFファイルのダウンロード

 

豊かな感性と豊かな知性

 子どもにも先生にもそうあってほしいなと思うのは、豊かな感性と豊かな知性です。知性が不足している人は、先生としての魅力が薄いんじゃないのかな。先生という仕事は、ある種誰にでも出来そうに見えて、先生にぴったりの感性を持っているか持っていないかを問われる仕事だと思います。子どもが好きであるとか、幾つか条件があると思いますけど、先生が仏頂面していたら子どもは絶対に寄って来ないわけですからね。子どもに好かれる先生でなかったら駄目なわけだけど、それはある種その人の持っている雰囲気ですよね。だからなかなか難しいところがある。それは天性のものかもしれませんよ。子どもと密着できる感性だとかね。

 もうひとつは、先生は知的であって欲しいですね。やっぱり色々な勉強をして、いろんな知識を持っていて欲しい。理科でも社会でも、ひとつの教科に優れている先生はその道には非常に長けているわけです。具体的に言うと、その道のことについては他の人が知らないことをいっぱい知っているということですよね。先生だけでなく、子どもにも本当はそうあってほしいわけです。たくさん本を読んで、いろいろな事を知るのが好きな子どもになってほしいですね。けれども、子どもに要求することを先生が持っていないというのはよくないと思うんです。算数などは、最終的には非常に抽象的な勉強だと思っています。だから、学ぶきっかけを作る為に面白いもの(問題)を持ってくる工夫というのは、非常に大事なんです。

 これからの教科学習に求められるもの。そのキーワードは「活用力」や、「コミュニケーション能力」、「伝え合う力」ですね。単なる知識じゃなくて、それが使えるものになるかどうかということです。知識を一人で覚えるんじゃなくて、みんなでつくり出す力が大切です。そういう授業にウエイトが置かれると思いますね。そういう点でも、魅力ある先生になるためには幅広い知識が必要です。先ほど豊かな知性と言いましたけど、それを子どもに感じさせる先生じゃないとね。

 

6つの「活用力」

 今は「活用力」という言葉が盛んに言われますが、そもそも「活用する力」とは何でしょう?私は6つあると思っています。

 1つ目は、「深める力」(発展)。例えばマッチ棒で正方形を作ります。正方形が5つならマッチ棒は全部で何本でしょうという問題を出します。その後で、もしも正方形が100個になったら?とか、もしも三角形だったら?と自分でどんどん条件を変えていって、最初のきっかけの問題を、自分で深めていく力です。国語でしたら、何かの本を読んだ後に、同じ作者の書いたほかの本を読みたい、というのが深めていく力ですね。それが活用力の一番大切なところだと私は思います。

 2番目は、「広げる力」(応用)です。最初のきっかけを教室(授業)で勉強したら、それに関わるものを全部知りたい、調べてみたいと思う力ですね。算数で言えば、1ダースという言葉が登場したら、ダースって何だろう?と思い、調べる。1ダースが12なら、今度は12ダースでは何て言うんだろう?と調べる。12ダースは1グロスです。それなら12グロスは何て言うんだろう?他の単位はどうだ?と追究意欲が広がっていくこと。要するに応用力ですね。この2つは似ているけど、最初の深めるというのは発展させる力で、広げるというのは応用力なんです。

 3つ目は「使える力」(適用)、適用力です。これは、学校で勉強したものを日常のものごとに置きかえる力のことですね。円周率の勉強を算数で習ったら、それを使って運動場にトラックを描いてみる。セパレートコースだったら、どれぐらいスタートラインに差をつければいいのか、とかね。そういう現実問題に置きかえて考えていく力というのがあります。ひとつが考えられると、こういう場合は?とまた別のアイデアも生まれます。そうなると子どもは面白くなるんですよね。

 4つ目は、「つなげる力」(関連)。関連させる力です。つなげる力とは、算数でやったことと理科でやったこととが、もとを辿れば同じことじゃないかというように、つなげて考えることが出来る力のことです。反比例などの学習とてんびんの学習などに密接につながっています。また関連させる力とは、算数でやったことが社会科でも使われているという事に気付くことですよ。算数の割合の中で学習する「帯グラフ」は、社会科でも出てきますね。算数と社会科は関連しているということですよ。そう考えると、それぞれの教科をいろいろつなげていくことができる。つなげる力、関連させる力とはそういうことです。

 5つ目は、「作れる力」(創作)。これは、自分で物を作るとか創作する力です。実際に立方体の模型で作って、展開図を考えてみよう、というような活動です。

 6つ目は、「よめる力」(分析)。分析する力ということも大切です。グラフを読み取り、その先を読む(予測)するとか、いろんな条件を加味した上で先を読むような力です。

 今お話した6つの、すべてが活用力だと思います。これらを、先生が随所に授業の中に入れていく。そういうことが、今後問われてくるんじゃないかと思います。

 6年生で全国学力調査をやるから、5年生の1年間を必死になってやるという学校が多いけれども、1年間だけの、一夜漬けみたいなことをやっても力はつかないと思います。本当は1年生から積み上げていくものなんですよね。これからは、授業のやり方を1年生から少し見直すことが大事だと思います。

 1年生の先生というのは大事だと思うんですね。よく3、4年生くらいから算数が好きになるとか嫌いになるとか言われますけど、本当は1年生の初っ端が一番大事ですよ。算数でいえば、1年生に数学のすべての原点が集約されていると思うんです。1年生の授業を面白くやるかやらないかで、大きな違いが出てきますよ。数を読むとか、たし算やひき算をやるだけが算数だというイメージが1年生の時についてしまったら、非常につまらなくなってしまう。子どもはそのイメージをずっと引きずっていくんですよ。だから最初の先生の取り組みようで、好き嫌いは大きく変わると思いますよ。

 

一斉授業の意味

 極端な話ですが、山奥などで一人しかいない学校は、コミュニケーションの力がつきにくくなりますね。全校がひとクラスという単学級の学校があります。そういうところは、1年から6年までずーっと同じクラスです。卒業して中学校に行っても同じメンバーで同じクラス。その集団の中では子どもの人間関係は決まっていて、性格も大方わかっているんですね。小さい時に学校で粗相をしちゃった、なんていうのはみんなに知れ渡っている。1からやり直すことがきかない集団になってしまうと、集団の生活がうまくいかなくなることもあります。時々シャッフルされて、新しい息吹の中で、人間は作り変えられ、挽回ができるんだと思いますね。コミュニケーション能力は、たくさんの異質な人がいないと難しいんです。本当はそういう場での生活学習が、これからの学校教育には望まれるんじゃないでしょうか。

 

与えすぎないこと

 「うちの子は本を読まない、どうやったら読むようになるんでしょう。」というお母さんの悩みをよく聞きます。子どもを本好きな子にするということは大事なことだと思うんです。でも、本を嫌いな子に本を読ませるというのは難しいことです。この間、ある人と話していて冗談交じりに言いました。「本棚に鍵をつけて閉めろ」と。本棚に鍵をかけて絶対にあけないようにするんです。そうすると、子供は「あの中にはすごく面白いものが入っているんじゃないか」と思い始める。わざと手に取れないようにすると、子どもはそれに興味をもつでしょ?最後には、本棚をこじ開けて中の本を探り出して読むんですよ。要するに、物が豊かすぎて、廻りに物がいっぱいあるから読む気が起こらないんでしょうね。逆に閉ざされると、子どもは欲しがるんですね。これは、教えるテクニックにも共通したところがあります。全部は見せずに、少しだけ触れさせる。そうすると自分が知りたい、見たいっていう気持ちがおこるでしょ?子どもにそういう気持ちを起こさせられたらいいんですね。

 本棚に鍵を閉めるというのは象徴的な話ですが、手の届かないものとして存在させると子どもは興味深々になるんです。始めから全部与えてしまうと、飽食の世の中になってしまう。足りないくらいがいいんですよ。そうすると、子どもは自分から前のめりになるということです。これは教育の極意ですね。そういうことを知っている先生は、いろんなものにもその方法を使えるわけです。研究授業などがあると、質問が書かれているプリントが配られて、それを順番にやっていくという授業を時々見ます。けれども、それはドアを開けっ放しにしちゃっている授業ですよね。そうじゃない、子どもが自分から食いついて中身(ドア)をこじ開けるような授業じゃないと力はつかないのです。

 

子どもの立場になって

 指導者として、相手(子ども)の立場になって考えることはとても大事なんです。先生の中には、子どもに教えたいという気持ちがあります。伝えたい、教えたいというものがあるから、相手(子ども)の立場になれない人が多いんです。自分が知識を持っている存在だから、自分はそれを伝える立場にいるという想いが強い。すると相手(子ども)の立場を無視してしまうんですよ。

 世間一般には、伝える能力が高い先生がいいと思われています。予備校などでは、落語調で話して聞き手を引き付けるという手法もあります。それを「伝えるのがうまい」と誤解して、先生のモデルとして見られることがありますね。その人は、話は上手かもしれません。でも相手が「先生ちょっと黙ってて。自分でちょっと考えたいから」ということは許さない。「ちょっと質問です」ということもね。「黙って聞きなさい。これだけ覚えておけば試験の時は大丈夫です。」という調子だから、相手の立場になって考えるということについては足りないと思います。私としては、それはいい先生の条件から外れると思います。いい先生の条件の1つに話が上手っていうのは、あっていいんですよ。だけど一方的にそれだけで済ませようとすると、落語家か漫才師と同じになってしまいますね。落語や漫才にお客さんが参加したらおかしいでしょ?でも、お客さんが参加するのが「教室」だから。授業は子どもが参加しないといけないんですよね。

 

理想を持って

 自分の授業や、学校、クラスをこうしたいという理想を持っていなかったらやれないです。担任された子どもを1年後にどうされたいんですか、と聞いてその場ですぐ答えが出せないようでしたらね、いい先生とはいえません。要するに子どもにも保護者にも、「私は1年間この子どもたちを担任します。来年の3月にはこういう子にしたいという理想を持っているんです」とひと言で言えないといけないと思うんです。私はいつも保護者の方に「創造力豊かな子に育てたいと思ってますよ」とお話しますよ。「創造力豊かな子」というのは具体的にこういう子のことだと私は考えています、と話すんです。理想形がないと、ただ「足し算を教えました」「割り算を教えました」というようなことだけに汲々としてしまう。普通公立学校では担任は1年間の契約でしょ。算数も理科も国語もひとりの先生が教えるわけです。それらを教える中で、この子をどういう子にしたいかということです。もっといえば、ひとりひとりの子にたいしてこういう子にしてやりたいな、というのがあれば一番いいことだと思います。

 

最後に 〜「副校長」という経験を通して〜

 今、私が副校長という仕事をしているのもめぐり合わせですよ。この学校に来たら大抵は最後まで授業者です。自分も当然そうだと思っていましたけどね。でもめぐり合わせだと思って、学校には20年もお世話になってきたので、最後の3年間は、自分の出来る範囲で学校にご恩返しをしようと思っているんです。勿論授業もやっていますよ。けれど、こういう大きな学校の公務(副校長としての仕事)をこなすことは容易な事ではないです。管理職の仕事は、予定を立ててそこに向かっていく仕事もありますが、研究などと違って、突発性の仕事に対応をすることが多いわけです。だから判断力とか決断力を持つということが、指導者(管理者として)は大事なわけですよね。私が曖昧な事を言っていると、周りが混乱してしまう。だからと言って勝手に独走しても、みんなが困るわけです。周りのことも考えつつ、ひとつのことを決めたらそれを揺るがさないで実行する。これはどこの世界でも同じだと思います。一回決めたことを揺るがして、「周りがこう言ったから、止めてこちらにします」なんてことをしたら、もうだれも付いてこないですよ。少々失敗だなと思っても、一端決めたら頑として動かないような強さが必要ですね。でもあまり突っ走っても仕方がない。学校は中小企業みたいなものだから。みんなのことを考えながら進めていくしかないんですね。私自身、何がいいかは分かりませんけど。

 こういう体験をさせてもらったことについては、人間が大きくなっていいな、と思いますね。世の校長先生や指導主事が「大変だ、大変だ」と言うのは間違いだと思いますよ。自分の立場の仕事を楽しんでやるべきですよね。「この仕事はいい仕事だぞ」と若い人に言わなくちゃね。今はね、「校長なんて責任ばかり取らされるからやりたくない」っていう人が多くなってしまっているそうですが、それはトップに立っている人が「大変だ大変だ」って嘆いているからなんです。上に立ったら嘆いていては駄目ですよね。本音を言ったら、つらい事だってたくさんあります。また、突発性の出来事にいかに対応するかという事ですが、真摯に対応しないと駄目だと思っています。

 

← 第1部 学校経営編へ