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インタビュー

子どもたちの論理的な思考力をのばすために

緊急企画 “坪田耕三の教育視座”

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■Vol.02 筑波大学附属小学校 坪田耕三副校長のスパイス(後編)

  わたしの先生
(聞き手:当機構事務局 齊藤)


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 「不易と流行」。教育においてよく語られる言葉です。「ゆとり教育」から、「言葉の力」へ、と先日指導要領の次期改訂について報じられました。方針が代わる度に、学校教育の現場はその対応にあわただしく追われます。加えて、国際化、IT教育の促進、学校評価システムの導入等多くの課題が積み上げられています。
 そんな中にあって、授業は子どもに寄り添うことが大切という坪田副校長のお話しは、教師の不変な心構えの必要性を説いています。世の中は、目まぐるしく変化していきます。それにあわせ教育制度も変化を求められています。でも、変わっていけないのは、教師の子どもたちへの真摯な眼差しなのだとういことに、このインタビューで今更ながら気づかされました。

  
 

-前半に引き続き、坪田先生にお話を伺います。先生が今までに見てきた授業の中で、印象深かったものをお話いただけますでしょうか。

坪田   教師になって30年になりますけれども、新卒の時に見た授業が2つ、未だに忘れられないのがありますね。一人は算数科の先生で、もう一人はリタイヤされて全国を巡業しながら授業をされている先生ね。

 

子どもが主役の授業

坪田   算数科の先生は、若い先生で、研究授業をやったんですよ。こっちは新卒だから、黒板の前で教壇に立って、子どもたちになんか喋っているのが先生だっていう像があって、その先生の授業を見たとき、先生は窓際に立っているんですね。黒板には、子どもが年中出てきて、なんか書いて発表しているんです。式の授業でしたけど、その式を説明しているわけ。私はそれを見たとき初めて、授業って、先生が前に立って講釈しているのが授業じゃないんだということを強く印象受けましたね。子どもが主役になってやるのがいいな、って強く感じたんです。教室の前に先生が立っていると、どうしたって先生が主役になるでしょ。講演のようになっちゃう。たとえ、そうじゃない授業をやっていてもね。子どもが前に出てきて解説をして、子どもが主役になっている授業はいいなぁって、その時の強烈な印象ですね。先生というイメージを変えられたんです。

  子どもの話を聞きながら進める授業

坪田   もう一つは、リタイヤされたお年寄りの先生。もう亡くなられちゃったけど、有名な先生でね。風貌が白髪で、ちょっとお茶の水博士みたいなの。少しよろよろしながら歩いて、黒板に字を書いていると、震えるんだよ。子どもたちは震えながら字を書いていると、先生大丈夫かなぁ、って凝視して見ているんだよね。そういうふうに風貌からして、面白くてちょっと違うんだよ。くだらないことだけど、字を書くとき震えると、みんな集中するんだな、ってまず思ったのね。

インタビューの様子授業は合同の授業でしたね。先生が大きな模造紙に図を丁寧に書いてきたのを黒板に貼ったんです。模造紙の真ん中に線が引いてあって、右側に三角形、左側に三角とか四角とかいっぱいあってね。授業は簡単なの、右側にある三角形と同じものはどれですか、って訊いているだけ。子どもは手を上げて、これです、って答えるでしょ。先生は、「なんでこれとこれが同じだと思うんですか?」って訊くわけ。みんなは、「切って重ねれば重なる」って言うのね。すると「じゃぁ、切ってごらんなさい」って先生が言うんだけど、先生が丁寧に作った模範の図だから、そんなもの切っていいと子どもたちは思わない。先生は、「切るって言ったんだから、切れば。」って言うんだけど、はさみを渡されても躊躇して切れない。結局一生懸命切ってさ、重ねて、「同じだ!」ってやったのね。「こうやって確かめないと、同じだってわかんないよね。」って。紙を切るって、本当は先生の予定になかったのかもしれません。でも、子どもがやるっていったら、やらせちゃう。それをはたで見ててね、子どもに寄り添って授業をやってるな、って思った。あと、先生はかっこよくちゃ駄目だね(笑)。特徴があって、子どもの話をよく聞きながら、授業を進めていくのが大事なんじゃないですかね。
  一人、一人を見る

坪田  
私が小学校時代に教わった先生で、好きな担任の先生がいてね、音楽の先生だったんだけど、『みんなの歌』だったかNHKまで行ってパンフレットをもらってきて、みんなに配って、先生は踊ったりっていう、強烈に印象に残っている先生がいるのね。その先生に、私が教員になったとき、小学校の先生になりました、って手紙を書いたの。そうしたら、手紙が来てね。「先生になったら、ちょっとした絵が描ける事と、歌を歌えることがコツです。」って書いてあったの。これね、具体的にこの子のために、ちょっとしたアドバイスをしてやろう、っていう意識だよね。おめでとう、とか、もちろん書いてあるんだけど、それだけじゃないわけ。

それから20年して、筑波大附属小学校の教員になりました、ってまた書いたの。そうしたらまた返事が来てね。「出来る子ばかりを教えるのが先生ではありません」って書いてあるの(笑)。心してかからなくちゃいけない、っていう忠告だよね。ハッとしましたよ。そうだよなぁ、こんなことで鼻高くしてやっていたんじゃ駄目なんだよなぁ、って。そういう風に、その人その人に合わせたアドバイスを出来るのが、本当の先生なんだよね。

みんなに向かって言っていることなんて、みんな、すっ飛んじゃうでしょ。「みなさん、廊下を走らないで歩きましょう」なんて言ったって、全員に言われているんだから、誰も聞きやしない。その子に合った一言が言えるかっていうことが、先生として大事なことだよね。そのためには、その子をよく見てないと駄目でしょ。あと、躊躇なくいえないと駄目なんですよ。3・4日考えてからアドバイスしたって駄目なんだよ。投げかけられたことに、即反応するっていうことが大事。間をおかれたら、子どもって忘れちゃうからね。「昨日お前こんなことやっただろ、駄目だぞ」って言ったって、何のことかわからない。よくお母さんが子どもを叱ることがあるけどさ、私も若いころはそうだったけど、うちに帰ると、「今日こんなことがあったの。お父さん叱ってください」って言われるんだよね。もう何時間もたっちゃっているから、いくら子どもに注意したって効果ないんだよ。やっぱり目の当たりに見ていないと。
  先生が抱くビジョン

-先生は、いい先輩との出会いが大事だと、おっしゃっていますが、やはりいい先輩の授業を見て、それを吸収するということが、先生方にも大切なんですね。

坪田   でも、全部真似でも駄目なんだよ。テクニックは真似してもいいんだけど、自分が求めているものがないと、いいものは生まれないよね。最近いろんなところで、ハウツーの質問が多いのに、ちょっとがっかりするね。「どうやったら子どもが夢中になる発問が出来ますか?」とか、「どうやったら問題が解決するんですか?」とか。教育っていうのは哲学的なところも非常に強いわけだから、先生が何を持って子どもを育てるかっていうことを、心に深く持っていないことには、いい授業は出来ないと思うね。

四月に担任を持ったとき、この子たちに一年後、どうなって欲しいんですか、と訊かれて、本を読んで決めるんじゃ駄目なんだよ。その先生が、出会った子どもたちに、どうしたいかという一言を発せられないと。親御さんに納得してもらえるような一言を発せられないと駄目だと思うんだよね。例えば、想像力が豊かな子どもにしたいって。簡単な一言でしょ。自分が想像力をどう考えているのかは別として、とにかく一年間で少しでもクリエイティブな子どもにしたいと思いますって、言えばね、親御さんたちは、この先生しっかりした目標を持っているんだなぁ、って思ってくれる。

授業をやっていても、ただ授業をするだけじゃなくて、もしも三角形が四角形だったらどうだろうとか、五角形だったらどうだろう、ということを言えるような子どもにならなくちゃいけないと思って授業をしていると、だんだんそれが子どもに移ってさ。四角形だったら違うなぁ、五角形だったら違うなぁ、って考えるようになるよね。
  発想を広げる

インタビューの様子坪田   よく子どもに言うんだけど、鉛筆と消しゴムって全く違う、逆の役目をしているでしょ。でも誰かが、これがくっついたらどうなるんだろう、って思ったんだよ。それで、鉛筆の先に消しゴムをくっつけた『消しゴムつき鉛筆』っていうものを発明して、きっと、大もうけしたんじゃないかなぁ。全く違う目的の物をくっつけてみるっていう発想ね。四角いものを丸くしたらどうかとか、小さいものを大きくしたらどうかとか、たてのものを横にしたら、逆さまにしたらどうかとか、常にそういう発想を持って物を見ている子どもね。具体的にいったら、算数の授業で数字を変えたらどうか、形を変えたらどうかっていうことを、ちょっとでも出てきたらいいよね。

-最近は、発展的な学習というのがキーワードになっていますが、発展的な学習というと上の学年のものを学習するとか、中学校領域を小学校で、とイメージしてしまいます。もしも○○だったらという考え方を広めていくと、上から下ろしてくるのではなくて、自然と下から広げていくということにつながりますよね。
  自ら調べる好奇心

坪田   そういう心持ちを子どもに植えつけておくと、先生が発想を広げてやったって違和感ないんだよね。たとえば、長方形の面積をやって、正方形の面積をやるでしょ。長方形は、たて×横、正方形は1辺×1辺。正方形は特殊な形だから、1つの辺の長さがわかるだけで面積がわかるんだよね。

次に三角形の面積をやるでしょ。三角形の面積は、底辺×高さ÷2だよね。ところが、正三角形も、底辺×高さ÷2なんだよ。その時、1辺がわかるだけで面積がわかる正三角形の公式を作れないかね、ってこちらから投げ掛けるの。そうすると、いつもそういう見方をしている子どもたちには、たとえ子ども自身がそういう発想をしなくても、違和感がないんだよね。「長方形の時に正方形をやったでしょ。三角形の時に正三角形をやったら面白いよね。」っていうと、「そうだ、そうだ。」って。でもね、塾通いをしていたり、教わることに慣れている子は、「そんなものどこにもないよ」なんて言う。考えたこともない、教科書にもない、問題集にもない、だから出来ない。でも、やってみようってやると出来るんだよね。

正三角形ってさ、大小いろいろな三角形を測ってみると、高さの割合が底辺に対して86%ぐらいになっていることがわかるのね。本当は、1:2:√3だけど、小学校的に、およそ86%ってことね。だから、正三角形は、1辺×1辺×0.86÷2で、1辺×1辺×0.43が公式だ、って出来ちゃうよね。どこにもそんなこと書いてないけど、それを授業でやるでしょ。そうすると、「およそ0.86だなんて、いい加減な数だ」って言う子がいるんだよね。3.14だっていい加減な数なのにね。でもそれを素直に受け止めた子どもたちは、面白い面白いって言うわけですよ。1辺×1辺×0.43っていうのを作り出したわけだから、覚えているわけ。
  ちょっとした工夫

坪田   仕上がったものを暗記するような算数の授業をやっていくように、世の風潮が成り代わっているけれども、それでは本当の力はつかないと、私は思うんですよね。ただ、そうは言っても、うちの子どもは九九も出来ないっていう先生も確かにいるんだよね。でも、そこばっかりやるのも、ねぇ。そういう子は先生がフォローしていけばいいと思うんだよ。全部の子どもをそれに巻き込んでいくのは、ねぇ。子どもって好奇心旺盛なんだからさ、その好奇心に寄り添っていくことが、勉強を好きにさせるコツなんだよ。わかっていることばかりを繰り返しやらされるっていうのは、苦痛以外のなにものでもないよね。

-格差が出来てしまったのは、どうしてでしょうか。

坪田   出来ない出来ないって先生が言っているだけで、工夫が足りないと思うから、僕は。ちっぽけなことだっていいと思うんだよね。それに夢中になれるように仕組めばいい。1年生でさ、若い先生だったけど、「5−2=3という問題を面白くできませんでしたが、どう工夫したらいいんでしょう?」って質問されたことがあるの。「どうやったの?」って聞いたら、「教科書と同じようにやりました。」って言うんだよね。黒板におはじきを5個置いて、そこから2個とったら何個になるでしょう、ってやったって言うんだよ。子どもから見たらさ、黒板に3個残っているのが見えるのに、何で先生訊くんだろう、って思ってるよ。見えているんだから。それでは、全く工夫が足りないと思うよ。

インタビューの様子私はこうやったよ、って話したのは、おはじきを5個黒板にくっつけて、バッと大きな紙で5個隠す。紙の横ちょから手を入れて、おはじきを2個パッと取って、この紙の下にはおはじきが何個あるでしょう、って訊いただけ。子どもたちは3個だって言うけど、見えないわけだから、本当かなぁ、って言うとね、子どもたちは机の下からおはじき出して5個並べて2個とって、ほら3個だ、って言ってくる。それから紙を外して、本当だ、3個だね、って言ってあげる。

続けて、第2問って、黒板におはじきを7個並べたのね。誰か前に出てきてやれって、やらせたの。7個置いて紙で隠して、子どもが3個とったら、パラッと1個落っこちてさ。これは面白い状況になるなぁ、と思いながら、知らん顔して「何個になる?」って訊いたら、4個だっていうんだけど、紙をはずしたら3個しかなくてさ。(笑)私が、お前たち違うなぁ、って言ったけど、みんな引かないで、説明し始めたよ。机の上におはじきを7個置いてね。黒板の方がおかしい、って。もう一つどこかにあるかもしれないって探して、あった、ってね。

見えるものを訊いたって不思議でもなんでもない。こんなのは工夫っていえるかどうかわからないけど、そういう類のことって多いんだよ。教科書開いて読みましょう、さぁ答えはいくつでしょうって訊かれても、教科書に答えが書いてあるんだから、何の好奇心も沸かない。ちょっと子どもの心持ちになってさ。

紙袋持って教室に行くと、それだけで、「今日先生、何かやるんじゃないか」って思うんだよね。

- そうですね、ワクワクしますね。何が始まるんだろうって。

  聞く力

坪田   今日はテストをやる、と言って紙を配るんだけど、紙には何も書いてなくてさ、今日のテストの問題は口で言うから、しっかり聞いてやれって言うのね。テストって、文章が書いてあって、それを見て解くっていう習慣がついているんだよね。聞いて解くっていう習慣が最近の子どもはないんだよ。ちょっとアレンジして、「昔々あるところに……」とか言って、ハハハ。

何でそういうことを言うのかというと、几帳面な子は、一生懸命書こうとするんだけど、算数的にはばかばかしい部分でしょ。必要なことだけ書けばいい、っていう力がつくんだよね。太郎さんがおはじきを3個持っています、って言っても、太郎さんじゃなくたっていいわけでしょ。そういう選択を出来る子どもにしたいと思ったら、そういうことをしなくちゃいけないよね。

昔そろばんに、聴暗算っていうのと視暗算っていうのがあってね。ペーパーにあるものを見てそろばんを入れていくのを視暗算っていうのね。「願いましては……円なり」って耳から入ってくるのが聴暗算でしょ。その聴暗算に当たる部分が最近はないんですね。国語は、先生の話を聞いて答えなさいっていうのが、あるけど、算数の部分にもそういうのがあってもいいよね。

- 算数だと、問題に数字が書いてあると、その数字が浮かんできて、この数字を使って式を作ればいいんだな、という感覚がありますけれども、問題を聞いてだと、これとこれがどういう関係で式ができるんだろう、って考える必要がありますし、本当に理解力が必要になってきますね。

坪田   聞く力、読む力、両方大事だよね。

- 先生、今日はいろいろとお話をうかがいまして、本当にありがとうございました。

2006年2月13日(月) 筑波大学附属小学校にて

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