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■Vol.01 筑波大学附属小学校 坪田耕三副校長のスパイス(前編)

自ら考えて発見していく授業
(聞き手:当機構事務局 齊藤)

Profile
  坪田 耕三(つぼた・こうぞう)
坪田 耕三先生 近影
1947年、東京都生まれ。青山学院大学文学部卒業。
東京都公立小学校教諭を経て、現在、筑波大学附属小学校副校長。
横浜国立大学教育人間科学部非常勤講師。第32回読売教育賞受賞。
・日本数学教育学会常任理事 ・全国算数授業研究会会長
・「算数授業研究」誌編集長 ・ハンズ・オン・マス研究会代表
・月刊誌「指導と評価」編集委員 ・NHK算数番組企画委員
・教育出版教科書「小学算数」著書 ・小学校学習指導要領解説算数編

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   今回は、東京、文京区の筑波大学附属小学校で、昨春より副校長を務める坪田耕三先生にお話を伺います。
 坪田先生の人柄に初めて触れたのは、筑波大学附属小学校内で開催されている「算数授業研究会」において。子どもの視線に立ち、子どもと共に作り上げていく授業を信条とされ、それを語られる眼差しに、先生のやさしさと温かさを強く感じたのです。教科制を取っている筑波大学附属小学校・算数研究部に長く席を置き、小学校の「算数授業」について、これまでも多くの研究授業、講演、シンポジウムで活躍をされています。先生に触れてこられた多くの方は、その人柄に魅了されて止まないのではないかと思います。今回、私もそのひとりとしてインタビューの場へと向かいました。
  自ら考えて発見していく授業

-先生、本日はお忙しいところ、お時間を作っていただきましてありがとうございます。早速ですが、坪田先生の授業観について、お話をいただけますでしょうか。

坪田   私も最近は海外に行くことが多くて、いろいろな国々の教育事情を見る機会があります。世界の開発途上の国も、何とか就学率をあげて、国の子どもたちが四則演算ぐらい出来るようにと、伝達型の授業、知識を伝えて暗記してもらおうという授業をしていますね。日本は130年以上前の明治の初めのころ、すべての子どもにたくさんの知識を備えてもらいたいという大きな意志が働いて、知識の不足している子どもに、学校という場で先生が知識を与えていくという形の授業が行われるようになったんですね。少なくとも九九が出来るとか、誰でも出来るということを目指さなくてはいけない。それ以来、日本もその方法でやってきて、日本中の子どもたちの知識が豊富になって、国の力を増してきたともいえます。

 しかし、物質的にも精神的にも落ち着いて熟してきたこの日本の社会で、そういう授業をやっていかなくてはいけないのかというと、私はそうではないと考えているんです。もう少し考えることを大事にして、みんなが作り上げていく授業、自分たちで発見していく授業が大切。先生もそういう意識をもって授業をしていくことが大切だと思います。「なぜ?」と子どもたちが疑問に思って、その「なぜ」に自分たちが説明出来る力をつけることが、算数にとって一番大事なことだと思いますね。抽象的になりますが、論理的に考える力は、算数の授業でしか身につかない。学習指導要領でも戦後一貫して、筋道を立てて考えること、というのが入っているんです。これはいろんな内容が変化しても、変わらない大きな目標なんですね。それを総合して、考える力を育てるというんですね。子どもが自ら考えて発見していくような授業が望まれていると思いますよ。

例えば九九の勉強をしていると、暗記をしていくことがほとんどですけれども、答えの数の並び方に面白い決まりがある。例えば、5の段なら1の位が0、5、0、5でしょ。9の段だったら2×9=18の1と8を足して9、3×9=27の2と7を足して9って、1の位と10の位を足すと9になる。そういうことを発見しながら、それがどうしてそうなるんだろうというところにまで、考えが及んでくれることが大切だと思います。九九は9×9=81で終わるけれども、9×10は?9×11は?12は?と、もしも何とかだったらって考えてね。今あることのみではなく、自分で発展的なことを考えられる子を育てる授業をやって行きたいと思います。それはどこの国に行っても、本当はそういう風にしたいのだと耳にします。世界共通の悩みですよね。
  チャレンジする力

坪田   だけど世の中一般には、計算が出来ること=学力が高くなること、と捉えている人がたくさんいるんです。問題のノウハウだけを知って、それを当てはめて解ければいい、っていうね。そういうことばかりやっていると、子どもたちは早くやり方を教えてくれ、後は練習するだけだっていう意識に変わって行っちゃうんです。自分で困ったところにぶつかったときに、自分で解決していこうっていう気にならなくなっちゃう。そういう子が社会人になっても、「やり方を教えてください。そうすれば仕事はそつなくこなします」というようになります。それでは、新しいことにぶつかった時に自ら解決していく力がつくのか疑問ですね。自分で新しいことにぶつかっていく時には、うまくいかなくて失敗するときもあるんですよ。むしろ、そっちの方が多いかもしれない。しかし、自分でやるということでチャレンジする力はついていくんです。

インタビューの様子私の日々の生活の中に当てはめてみても、学校というところは文書が非常に多いです。新しい仕事に就くと、前の人がやった文書が欲しいって言う先生がいるわけ。前の人の文書の部分的な修正をすれば、使えるわけですよ。日付を変える、名前を変える、場所を変えるでね。ところがそれがないとできないんですよ。白紙の状態から作れって言われても作れない。なんかモデルが欲しくてしょうがない。モデルがないと作れないのと、モデルがなくたって、いろんなことを考えて作れるのとで、どっちがいいのかは自ずと知れています。自分が作っていくという体験は非常に強くて、何か新しいことにぶつかった時に、自分でできるようになりますよね。そういうことは算数に限らず、社会では非常に大切なことですね。これを授業で実現していかなきゃいけない。

型にはめた知識の伝達という授業をすると、どうしても教科書に書いてある大事なところを覚えなさいっていう言葉が出てくるよね。授業の最後に、実は一番大事な公式はこれこれです、って机の下からカードに書いたものが出てきて黒板に貼るでしょ。そうすると子どもは、「先生、用意していたじゃないか。早く見せてくれればよかったのに。」って思うわけよね。そういうことをしないで、円板を切ったり貼ったりしながら、自分たちで円の面積の公式を導き出した時に、先生が公式をチョークで書いてあげれば、自分たちで作り上げた印象は非常に強くなっていくわけ。後で教科書見たっていいと思うんですよ。教科書を見たら、自分たちと同じ答えが出ている。

子どもと一緒にそうやっていると、子どもの方が先生よりも素晴らしい感覚をしていることに気づいて感動することがしきりです。大人っていうのはひと通りくらいしか考えないものなんですけれども、大勢の子どもと一緒にやっていると、もっとほかの方法があるとかね。
  見逃さず、聞き逃さず、言い逃さず

-「見ざる、言わざる、聞かざる」という言葉がありますが、先生の研究授業を拝見していると、「見逃さず、聞き逃さず、言い逃さず」という言葉をおっしゃっていらっしゃいますね。

坪田   見逃さないは、子どもたちがやっていることの一挙手一投足を見逃さない。聞き逃さないは、つぶやいていることを聞き逃さない。そういうことをしようと思っていると、子どもにいつも姿勢よく黙っていなさいって言えなくなるでしょ。子どもは素直に思いついたことを言っていいんですよ。

言い逃さないっていうのが何かっていうと、褒めるっていうことなんだよね。子どもが感じたこと考えたことに対して、先生が価値を添えてやるんです。上手に書けてるね、うまくコンパスを使ったね、いい考えを使って友達を応援したね、って思っていても黙っていたんじゃ駄目なんだよ。ノートを集めた時にノートに一言書いてあげる。こういうことをやっていくと、子どもたちは、そういうことは良いことなんだって感じていくでしょ。何がいい事なのかを分かっていかないと、子どもはいい方向が見えないんだよ。
  知識と人間性

坪田   あとやっぱり、エキスだけ教えていてもつまらないから、周辺の知識や雑学を授業の中ではいっぱい紹介しますよ。例えば、4年生で今面積をやっているけど、平方センチメートルっていう単位を教えるでしょ。ところが平方センチメートルっていうのは馴染みのない言葉だから、うまく言えないわけ。センチメートル平方って言ったりする。そういうことを言った瞬間に、そういう言葉が実際にあるんだよ、って教えてあげる。4平方センチメートルの正方形って言ったら、1辺が2センチメートルの正方形でしょ。ところがセンチメートル平方の平方っていうのは、左右と直角方向に何センチかっていうことだから、4センチメートル平方は1辺が4センチメートルの正方形のことをいうんですよ。100メートル平方は、1辺が100メートルの正方形でしょ。ところが100平方メートルって言ったら、1辺が10メートル10メートルの正方形。言い方によって全く大きさが違って来るんだよっていうことを、子どもの間違えに乗じて言うでしょ。そうすると子どもは真剣になって聞くから、忘れない。おまけの知識だから、言わなくてもいいんです。

私が「知ってると得をする」って言うと、子どもたちからは声を合わせて「知らなくても生きられる」って返して来るんですよ(笑)。知らなくても生きられるような知識の方が子どもは覚えている。しかし、まるっきり無関係な話をしたのでは意味がないけどね。

豊かな木っていうのは幹と枝だけじゃないわけだよ。そこにたくさん葉っぱがくっついて茂っている木が素敵でしょ。それと同じで、子どものちょっとした発言に関連して、それに派生した知識を備えていくということが大切だと思うんだよね。知識偏重っていう言葉が悪く受け取られているけれども、知識っていうのは非常に重要なことだよね。発見しながら身についた知識っていうのは忘れない。好奇心や興味を持って身についた知識は忘れない。押し付けられた知識は忘れていく。どうやってその知識を作り出していくかっていうところに、先生の腕がありますね。

考えろ考えろ、と言っても、同じパターンでやっていたらつまらないんだよ。ある時は発見するような授業、ある時は工作してものづくりをしながら、ある時は一時間中先生の話を聞けっていう講義調、そうするといつもと違う新鮮さがあるでしょ。先生たちも手を変え品を変え授業をしていくっていうことが必要だよね。

もっとはっきりいうと、先生のことが好きな授業っていうのは、好きになる。体験あるでしょ?好きな先生が英語を教えていれば、英語が好きになって、嫌いな先生が数学の先生だと、数学が嫌いになる、ってことが。本当は違う質のものだけど、結局子どもってそうでしょ。だから、先生の人間性も大事だよって、最近では言われるようになっているね。
  自ら調べる好奇心

-先生が持っていらっしゃる知識によって、子どもたちも豊かになるんですね。

坪田   そうそうそう。だから先生も勉強しなきゃいけないよね。先生も好奇心旺盛で博学な方がいいと思います。
子どももね、体験が豊かになると、そういうことを楽しむようになる。最近、子どもが日経に掲載されていた算数にかかわる記事を持ってきたのね。それを見て、「あっ、こんなものがあったのか」って、子どもに教わることがありますよ。そうなると子どもも対等なんですね。大事にしようっていう気になりますね。

3年生の問題で、鉛筆1本○○円です。1ダースでいくらでしょう、っていう問題をやるるでしょ。ダースって何だって訊くと、ほとんどの子は12本だって知っているんだよね。そうすると、じゃあ、1ダースが12個集まると何だってやり返すのね。そうすると、「えっ?そんなものにも単位があるの?」って訊いてくるんだよ。そこで答えを教えてもいいのかもしれないけど、「もしかしたらあるかもしれないね」って言うだけで、次の日にみんな調べてくるんだよね。「先生、わかったわかった。1ダースが12個集まると、1グロスだって。」そうするとまた聞くわけ。「じゃあ、1グロスが12個集まると、何ていうの?」って。そうすると子どもたちは調べてないわけだから、「そういう調べ方じゃ駄目だな」って。そうするとまた次の日に「わかったわかった。1グロスが12個集まるとグレートグロスっていうんだ。」子どもたちは、またやられると思うから、「グロスが10個集まるとスモールグロスっていうのが書いてあった。でもグレートグロスが12個集まると何になるかっていうのは書いてありませんでした」って、子どもは先手を打ってくるよね。そこまでいったら褒めてあげればいい。もちろんやってこない子もいるわけ。やってこなかった子には、やってきた子のやり方を先生が感心して紹介してあげれば、そうやって調べてくればいいんだって、わかるでしょ。ちょっとしたきっかけだよね。今日はこれが宿題ですっていうのと違って、そういうことも本当は宿題なのかもしれない。

今は担任を持っていないから算数だよりっていう学級便りの代わりになるものを作っているんだけれど、例えば昨日の授業でこんなことがあったって書くと、子どもも親も「先生、こんなところを大切にしているんだな」って思ってくれる。そうすると、日に日に勉強の仕方が変わってくるよね。
  子どもに寄り添う授業

-研究授業などで筑波の先生方の授業を拝見していると、子どもたちの目が輝く瞬間があって、あぁいう瞬間を見たいなって感じますね。

坪田   子どもと一緒に作り上げるような授業をやってると、何十年と教師をやっていても、子どもはこんなこと考えるんだって、再発見するから楽しいですよ。マンネリ化した授業では、面白い発見はなくなっちゃう。そうすると、前向きじゃなくなりますよね。

-先生の授業は子どもたちに寄り添う授業、子どもたちと同じ目線で考えられるっていうことを感じます。先生方は授業に臨まれる時、こういう授業をしたいって気持ちを持って臨まれるでしょうから、子どもたちが外れそうになると、軌道修正しようと思ってしまいますよね。

坪田   自然な状況、素直なものっていうのが、私は理想ですね。
2005年12月7日(水) 筑波大学附属小学校にて
(後編につづく)

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